仙台地方裁判所 平成元年(ワ)1008号 判決 1992年5月27日
原告 宮城県中央信用組合
右代表者代表理事 本田浩
右訴訟代理人弁護士 齊藤幸治
被告 伊賀喜良
右訴訟代理人弁護士 大野藤一
主文
一 被告は原告に対し、金一三九三万〇一三三円及び内金一一二万五〇〇〇円に対する平成元年一月一一日から支払済みまで、内金一一九七万三九二五円に対する平成元年三月二一日から支払済みまで、それぞれ年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
主文同旨
第二事案の概要
一 主債務の発生
1 原告は、佐藤七郎に対し、次のとおり、各金員を貸し付けた(≪証拠省略≫(いずれも被告作成部分を除く)、証人佐藤七郎)。
(一) 昭和六〇年七月一〇日、金一七〇〇万円(以下「貸金1」という。)
① 元金弁済方法 次のとおり分割して毎月二〇日限り支払う。
昭和六一年五月から同六二年四月まで
各七万円
昭和六二年五月から平成元年四月まで
各一〇万円
平成元年五月から平成三年四月まで
各一二万円
平成三年五月から平成五年四月まで
各一四万円
平成五年五月から平成七年五月まで
各一六万円
平成七年六月
三五二万円
② 利息 年九パーセント(年三六五日の日割計算)
③ 利息支払方法
昭和六〇年七月一〇日に同年八月二〇日までの分を前払いする。昭和六〇年八月から平成七年五月まで、毎月二〇日限り、各翌日から翌月二〇日までの一ヶ月分を前払いする。
④ 遅延損害金年一八・二五パーセント(年三六五日の日割計算)
⑤ 期限の利益喪失
債務の一部の履行を遅滞したときは、原告の請求により、原告に対する一切の債務につき期限の利益を失い直ちに債務を弁済する。
(二) 昭和六〇年一二月二五日、金三〇〇万円(以下「貸金2」という。)
① 元金弁済方法 次のとおり分割して毎月一〇日限り支払う。
昭和六一年二月から同六三年一二月まで
各八万三〇〇〇円
平成元年一月
金九万五〇〇〇円
② 利息 (一)の②と同じ。
③ 利息支払方法
昭和六〇年一二月二五日に同六一年二月一〇日までの分を前払いする。
昭和六一年二月から同六三年一二月まで、毎月一〇日限り、各翌日から翌月一〇日までの一ヶ月分を前払いする。
④ 遅延損害金 (一)の④と同じ。
⑤ 期限の利益喪失 (一)の⑤と同じ。
(三) 昭和六一年七月一七日、金三一〇万円(以下「貸金3」という。)
① 元金弁済方法 次のとおり分割して毎月一〇日限り支払う。
昭和六一年八月から平成五年六月まで
各三万七〇〇〇円
平成五年七月
金二万九〇〇〇円
② 利息 年六・五パーセント(年三六五日の日割計算)。
③ 利息の支払い方法
昭和六一年七月一七日限り、同六一年八月一〇日までの分を支払う。
同六一年八月から平成五年六月まで、毎月一〇日限り、各翌日から翌月一〇日までの一ヶ月分を前払いする。
④ 遅延損害金 (一)の④と同じ。
⑤ 期限の利益喪失 (一)の⑤と同じ。
2 佐藤七郎は、貸金1については、元金六八一万九〇七五円及び昭和六三年七月二日までの利息、貸金2については、元金一八七万五〇〇〇円及び昭和六三年七月二日までの利息、遅延損害金、貸金3については、元金一三〇万七〇〇〇円及び昭和六三年七月二日までの利息、の各支払いをなしたがその余の債務の履行を怠り、原告の請求により、貸金1及び3については平成元年三月二〇日に、貸金2については同年一月一〇日にそれぞれ期限の利益を喪失した。なお、各貸金に対する弁済額の充当は別表≪省略≫のとおりである(≪証拠省略≫、証人山田正史、弁論の全趣旨)。
二 争点
1 被告は、原告に対し、被告自らが、あるいは伊賀惠子(以下「惠子」という。)または同人と伊賀君子(以下「君子」という。)両名を代理人として、貸金1ないし3の佐藤七郎の債務につき、連帯保証する旨を約した(以下「本件各連帯保証契約」という。)かどうか。
2 惠子または同人と君子の行為につき民法一一〇条及び一一二条の表見代理が成立するかどうか。
3 表見代理についての主張
(原告)
(一) 被告は、本件各連帯保証契約の締結以前に、原告との間で昭和五九年一〇月末頃、佐藤七郎の原告に対する期間一年、元本限度額七〇〇万円の約定の継続的手形割引契約に基づく債務を被告が連帯保証する旨の連帯保証契約(以下「第一契約」という。)を締結した際、惠子または同人と君子の両名に対し、第一契約締結についての代理権を授与した。
(二) 本件各連帯保証契約の締結は、惠子または同人と君子の両名によってなされたが、原告は同人らにその代理権があるものと信じた。
(三) 原告には、被告が惠子または同人と君子の両名に、本件各連帯保証契約締結の代理権があると信ずるについて、以下のような事情から正当の理由がある。
① 本件各連帯保証契約の締結については、いずれも契約書に被告の実印が押捺され、印鑑証明書も添付されていたこと。
② 被告は、本件各連帯保証契約以外にも、原告との間で、惠子または同人と君子両名の代理により、佐藤七郎の原告に対する債務につき連帯保証契約を締結していること。
③ 被告の実印が作成された昭和五五年一〇月から同六一年一二月までの六年間にわたり、被告は実印及び印鑑登録証を君子に保管させ常時その使用を委ねていたこと。
④ 原告からの郵便による保証意思の確認の照会文書にも、惠子が原告に対して被告名義で保証したに相違ない旨の回答を寄せており、右回答書にも被告の実印が押捺されていたこと。
(被告)
原告は被告に対し、金融機関としてなすべき十分な保証意思の確認(直接面接して保証意思を確認すべきである)を行っていない。従って、原告には重大な過失があり、表見代理主張の正当な理由がない。
第三争点に対する判断
一 連帯保証契約の締結について、
1 ≪証拠省略≫中の、各被告作成名義部分については、被告名下の印影が被告に印章によるものであることは当事者間に争いがないので右印影は被告の意思に基いて顕出されたものと推定される。
2 しかし、証人伊賀惠子、同伊賀君子、同佐藤七郎の各証言、被告本人尋問の結果を総合すれば、佐藤七郎は冷暖房設備業を営んでいたが、原告から保証債務の弁済のための融資を受けるに際し、昭和六〇年七月一〇日頃、被告方を訪れて、姉で被告の妻である惠子に対し、信用組合取引約定書(≪省略≫)と金銭消費貸借証書(≪省略≫)を持参して、貸金1につき被告の連帯保証を依頼したこと、惠子は、被告の実印及び印鑑登録カードを保管していた被告の妹の君子に対して、佐藤七郎の手形の書換のため必要だと言ってこれらを借り受け、右信用組合取引約定書及び金銭消費貸借証書の各連帯保証人欄に被告の住所、氏名を記入して実印を押印したうえ、これらの書面を佐藤七郎に手交したこと、またその頃、惠子は右印鑑登録カードを使用して被告の印鑑証明書の交付を受け、右印鑑証明書(≪省略≫)を佐藤七郎に交付したこと、その後、昭和六〇年一二月二五日頃及び同六一年七月一七日頃にも、惠子は、佐藤七郎から貸金2及び3につき被告の連帯保証の依頼を受けて、貸金1の際と同様に、君子から被告の実印を借りたうえ、金銭消費貸借証書(≪省略≫)、信用組合取引約定書(≪省略≫)及び金銭消費貸借証書(≪省略≫)の各連帯保証人欄にそれぞれ被告の住所、氏名を記入し、被告の実印を押印し、これらの書面を佐藤七郎に手交したこと、しかし、被告は右の各事実について惠子はもとより君子からも何も知らされておらず、昭和六二年九月頃に原告から本件各連帯保証契約に基づく履行の請求を受けて初めて右の事実を知ったこと、以上の各事実が認められる(なお、証人伊賀惠子は、右各書類の作成は、以前に被告が佐藤七郎から頼まれてなした手形の保証の枠の書替のためのものと思い、契約書の内容を読まずに被告名義で記名捺印した旨供述するが、夫婦であっても他人の名義で記名捺印する以上慎重に行為するのが通常であって、契約内容を一切読まずに記名捺印するということは不自然であり、右供述部分は到底採用できない。)。
3 右認定の事実からすれば、惠子または君子が被告の承諾を得てその印鑑を使用したものと認めるのは困難であり、従って前記≪証拠省略≫中の各被告作成名義部分の成立を認めることはできないし、他に被告が貸金1ないし3につき連帯保証人となった事実を認めるに足りる証拠はない。
そして、右事実によれば、本件各連帯保証契約は惠子が被告に無断で被告の代理人としてなしたものと認めるのが相当であるが、被告が惠子に右各契約締結の代理権を授与していたものと認めることはできない。また、本件全証拠によっても同人に被告を代理して法律行為をなす包括的代理権を授与していた事実を認めることはできないから、原告の代理の主張は採用することができない。
二 そこで、原告の主張する表見代理の成否について検討する。
1 本件各連帯保証契約は惠子が被告の代理人と称してなしたものであることは前記認定のとおりである。
2 ≪証拠省略≫、証人伊賀惠子、同伊賀君子、同佐藤七郎、同山田正史の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件各連帯保証契約締結に至った事情は次のとおりであることが認められる。即ち、①惠子は、本件各連帯保証契約の締結以前の、昭和五九年一〇月末頃に第一契約を締結した際、本件と同様に、契約書に被告の住所氏名を記入して君子から借り受けた被告の実印を押捺していること、②被告は、惠子に対し、右契約締結のための代理権を与えていたこと、③被告は、自己の実印及び印鑑登録カードを、被告方に隣接する別棟に住み、被告が営む表具業の経理を担当している妹の君子に保管させていたこと(以上の事実は、争いがない。)、④惠子は、必要の都度、被告の実印及び印鑑登録カードを君子から借り受けて使用していたこと、⑤惠子は、本件各連帯保証契約のほかにも、昭和六〇年一一月初め頃、第一契約の契約期間が満了したので、あらたに原告と佐藤七郎との間で同種の手形取引契約を元本極度額を七〇〇万から一〇〇〇万円に拡張して締結した際に、右債務の連帯保証のため≪証拠省略≫の念書に被告の住所氏名を記入し、名下に実印を押捺したこと(なお、証人山田正史は≪証拠省略≫の限定保証約定書も≪証拠省略≫とともに作成されたものと証言するが、≪証拠省略≫には、日付、元本極度額、契約期間、のいずれの記載もなく、右証言のみでは≪証拠省略≫が右連帯保証のために作成されたものと認めることはできない。)、⑥原告は、右各契約には被告の印鑑登録証が添付されており、また、被告に対して郵送した各連帯保証確認書には契約書と同一の筆跡の被告の署名と実印が押捺されて返送されてきたことから、被告が保証意思を確認して返送してきたものと信じていたこと、⑦しかし、実際には、惠子が被告宛に郵送された右確認書を被告が受け取らないうちに開封して、被告の氏名を記入して実印を押印して原告宛に返送していたこと、⑧被告は昭和六二年九月頃、原告から呼び出しを受け、右各信用組合取引約定書及び消費貸借証書のコピーを見せられてはじめてこれらの存在を知り、右の各書面に被告の実印が押捺されていたことから被告は惠子及び君子に事情を質して、惠子が右各書面に記名捺印した経緯を知ったこと、以上の事実が認められる。
3 右認定の事実関係によると、惠子には本件表見代理の要件の一つである基本代理権があったものと認められ、さらに、右認定の本件各連帯保証契約に至った経緯及び事情によると、原告が金融機関であることを考慮しても、なお原告が本件各連帯保証契約を締結するに際し、被告に対し、直接面接してこれらを締結するための代理権を惠子に授与したかどうかを改めて確認すべき義務があったとはいえないから、原告が惠子に被告を代理して本件各連帯保証契約を締結するための代理権があると信ずるについて正当の理由があることとなるものというべきである。
三 結論
よって、原告の本訴請求は理由がある。
(裁判官 阿部則之)